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2009年8月21日 (金)

性別証明のルールブックはどこにあるか

性別証明のルールブックはどこにあるか。

ALICE DREGER

Published: August 21, 2009

南アフリカの世界チャンピオン・ランナーである、キャスター・セメンヤについて我々が確かに知っている唯一のことは、陸上界の幹部が彼女の性別を調査中だと宣言して以後は、彼女は残りの人生を疑惑がもうろうとした中で生活していくと言うことだ。

なぜか。陸上組織のIAAFは、性別決定のルールを確立しておらず、不安定で移ろいゆく基準で決定しているからだ。

とはいうものの、性別の生物学は、一般的なファンが想像するより、はるかに複雑である。多くの人は単純に、その人の性染色体を見ればわかると思っている。XYなら男性で、XXなら女性で、正しいでしょ?

間違いだ。生物学を少々。Y染色体にはSRYと呼ばれるものがあり、胎児を通常男性へと育てる。しかし、SRYはX染色体上に出現することもあり、その場合、XX胎児が男性となる。またY上のSRY遺伝子が作用しない場合、胎児は女性となる。

SRYが作用するXY胎児ですら、女性へと生育しうる。アンドロゲン不応症候群の場合、細胞がアンドロゲンとして知られる男性化ホルモンを「聞く」能力が欠如している。すなわち性器やその他の外見が典型的な女性様となる。ただし体毛(アンドロゲン感受性のため)は欠如する。

完全型アンドロゲン不応症女性では、平均女性より筋肉や脳の「男性化」がより少ない。なぜなら平均女性では、多少のアンドロゲンを産生し、そのアンドロゲンを「聞く」からだ。アンドロゲン不応症候群女性に、Y染色体があるという理由だけで、男性として競技することを望むか?ナンセンスだ。

それで、あるものは、ただ外性器だけを見ろ、と言う。ジーン(遺伝子)など忘れろ、ジーンズを下げろ、と。IAAFは薬物試験を受けるものに、そう言う。しかし男性性器と女性性器は同じものから発生しているため、ペニスとクリトリスの中間に位置する性器を持ちながらも、法的には男性ないし女性と見なされるものもいる。

さらに、外見上は典型的男性だが、体の内部は典型的女性のものもいるし、その反対のものもいる。数年前、わたしはMatthewからの電話を受け取った。19才で外見上は男性として生まれ、男児として育てられ、ガールフレンドができ、典型的な男性として生活した。その後、医学的問題により、子宮と卵巣を有することが明らかになった。

Matthewは先天性副腎過形成の極端なタイプだった。彼はXX染色体と卵巣を有していたが、彼の副腎腺は多量のアンドロゲンを産生し、彼の体の見かけは典型的な男性として発育した。事実、彼の体の大部分は典型的男性で、筋肉の発育も男性、アイデンティティも男性だった。

では、染色体と性器で決定できないなら、ホルモンはどうだろうか?運動競技において、利点があるかどうかの観点で言えば、ホルモンこそが重要だと考えるかもしれない。

ただ、女性も男性も同じホルモンを生産する。その量が、平均的には違うだけだ。平均的男性は、平均的女性より多くのアンドロゲンがある。しかし、平均的女性運動選手は、平均的女性とは異なる。いくつかのスポーツでは、女性運動選手は、自然の高濃度のアンドロゲンを持つ。このことは、おそらく運動選手として成功した要因の一つである。

ところで、このことは、こういった女性選手が、胸が平たく、見かけがボーイッシュで、平均より大きいクリトリスを持つ理由である。高濃度のアンドロゲンは、これらすべてを引き起こす。

確かに、ある種のスポーツでは、高濃度のアンドロゲンがあるのは利点だ。これは不公平なことか?わたしはそうは思わない。もともと高濃度のアンドロゲンを持つ男性もいる。これは不公平か?

別のことで考えてみよう。男性は平均して女性より背が高い。もし、男性並の身長を持つ女性が低身長の女性より有利だという理由で、競技に出させないようにするか? Michele PhelpsやPatricia Ewingが「女性として競技するには背が高すぎる」と言われることを想像できるか?それなら、「女性として競技するには、もともとのアンドロゲンが高濃度すぎる」とどうして言えるのだろうか?この種の生まれつきの利点に問題点はないように思える。

それならば、運動競技において、どこで男女の境界線を引くべきか?私には分からない。事実は、性別とはやっかいなものなのだ。このことはセメンヤが女性かどうかを決定する、IAAFの決定過程に示されている。この組織は、遺伝学者、内分泌学者、産婦人科医、心理学者などなどを招集している。

性別はそれほどやっかいなので、最終的には、招集された医師たちも、質問に回答する検査はできないだろう。科学は、彼らの決定を伝えることは出来るが、多くの性別特徴のうち、何が重要なのかを決定しないといけない。

彼らの決定はタッチダウンやゴールを何点にするかという同意に似るだろう。性別のゲームをどうプレイするかという選択は、スポーツ的な決定であり、自然なものではない。

IAAFは最終的には性別を分ける明確なルールを作るべきだろう。そのルールは、セメンヤのような運動選手が、性別分類という狂気のスポーツの勝者となりうるか否かを、公の競技の前に、医師の診療室で、ひそかに決定するだろう。そういった性別決定は、プレイしなければいけないとは、だれもセメンヤに言わなかった競技種目に違いない。

(この記事を書いたAlice DregerはFeinberg School of Medicine at Northwestern Universityの臨床医学人類学と生命倫理学の教授であり、“Hermaphrodites and the Medical Invention of Sex”の著者である。)

(訳者注:Alice Dregerの著書で日本語訳されたものとして「私たちの仲間―結合双生児と多様な身体の未来」あり)

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