急接近:中塚幹也さん 子どもの性同一性障害。必要な対応は?
心と体の性別が一致しない性同一性障害(GID)。その大半の人は子どものころから違和感に悩み、自殺につながる恐れが強いことが分かってきた。3月に就任した性同一性障害学会の新理事長は、この問題にどう取り組んでいくのか。
◇学校の理解、国が進めよ--性同一性障害学会理事長・中塚幹也さん(48)
--学校がGIDの児童・生徒の訴えを聞き、心の性に合わせて制服などの変更を認めるケースが相次いでいます。
◆ 私のいる岡山大病院では98年からチームでGIDを診察しています。当初まれだった小中学生の受診は次第に増え、今では10代が1割を超えています。学校が対応した例はこれまでも若干ありましたが、教育現場で情報が共有されることはなく、個々の対応で終わっていました。埼玉県の公立小学校が2年生に対応した事例が今年になって報道されてからは、私の所にも学校関係者や当事者からの問い合わせが続いています。
--GIDの子どもたちはどんなことに悩んでいるのですか。
◆ 体の性に強い違和感や嫌悪感がある。将来や恋愛に不安を感じる。自己肯定感が低下する。私たちが岡山大病院の受診者661人を調べたところ、9割が中学校を卒業するまでに性別への違和感を自覚し、7割は自殺を考え、2割は自傷・自殺未遂の経験がありました。4人に1人は不登校を経験し、8人に1人が小学生段階で自殺を考えていたことも分かり、事態は深刻です。
--どうしたらいいのですか。
◆ 学校での対応が重要です。GIDに理解のある教員に出会えれば何らかの対応をしてもらえますが、そうでないと取り合ってさえもらえない。残念ながら、正しい知識や理解のある教員ばかりではなく、人生の大切な時期をどう過ごすのかが、運・不運で左右されているのが現状です。でも文部科学省が「体の性に違和感のある児童・生徒には適切に対応すること」と通達を出せば、教員らは「見過ごしてはいけないんだ」と認識を改めるはずです。
--「適切な対応」が何を指すのか分かりにくくありませんか。
◆ 必要な対応は一人一人違います。周囲に告白してすべての面で対応が必要な場合もあれば、「制服やトイレだけは配慮して」、あるいは「先生が分かってくれていればいい」という子もいます。一方で、思春期前の性別への違和感には一時的なものも多いとの海外での研究もあり、過剰な対応は逆効果になりかねないことも知っておくべきです。画一的な対応ではなく、本人の訴えによく耳を傾け、必要ならば専門医に相談して連携するのが「適切な対応」です。
◇医療界も早期議論を
--在校途中から制服などを変えるのであれば、同級生にも理解してもらう必要がありますね。
◆ 一つの方法として、専門家がGIDの子が通う学校を訪ね、まず教員向け研修会を開きます。精神療法では治らないことや、自殺の恐れがあること、特に男子が女子として登校する場合はいじめや差別が起きやすいことなどを説明し、教員の意識を統一します。次に、生徒にも性教育や人権教育の機会にそれとなくGIDについての正しい知識を伝え、考えてもらう。ホームルームでも話し合い、最後に本人が告白する。担任や養護教諭だけに押し付けず、組織的に対応する必要があります。
--第2次性徴を迎えると、体つきがどんどん変わります。医学的な対応は必要ないのですか。
◆ 心の性に体の性を近づけるホルモン療法がありますが、日本精神神経学会のガイドラインでは18歳未満には認められていません。それ以前に始まる第2次性徴が精神的に耐えられない場合、体の変化を抑えるホルモン療法もあり、米国などで実施されています。ただし副作用の恐れや倫理的な課題もあり、是非については専門医の間でも意見が分かれます。私個人は自殺のリスクを重く見ているので、賛成の立場です。18歳未満への医学的な対応をどうすべきか、日本精神神経学会で議論してもらうよう働きかけるつもりです。
--社会の理解も必要ですね。
◆ GIDは以前は数万人に1人と言われましたが、打ち明けやすい環境になってきたためか、もっと多いと感じます。周囲の理解がなく打ち明けられずにいる人も含めれば、1000人に1人程度いるのではないかという専門家もいます。つまり、大きめの学校ならば1人はいることになる。「ごくまれなこと」と切り捨てず、一人一人が身近な問題ととらえれば、社会が向ける目はおのずと変わってくるのではないでしょうか。
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■ことば
◇性同一性障害(GID)
体の性と心の性が一致せず苦しむ疾患。原因は現段階でははっきりしない。成人では戸籍上の性別変更を認める特例法が04年に施行。子どもの問題では、埼玉県と鹿児島県の公立校がGIDと診断された児童・生徒に対し、心の性に合わせた学校生活を認めたことが今年になって分かった。埼玉県教委の調査では、在校生からの相談例が少なくとも十数件あると確認されている。
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■人物略歴
◇なかつか・みきや
1986年、岡山大医学部卒。92~95年、米ナショナル・インスティチュート・オブ・ヘルスに留学。07年から岡山大大学院保健学研究科教授。専門は生殖医学。日本産科婦人科学会認定医、日本生殖医学会生殖医療指導医。
毎日新聞
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